熱海の文化財を後世へ繋げるために<その1>

先日、熱海の東山荘にて開催された文化財の保存活用に関する対談は、
今後の文化財の利活用について、一つの展望を示唆する内容でした。

その内容を、これから3回に分けてお伝えしていきたいと思います。

 

「文化財の保存活用について」~熱海の文化財を後世へ繋げるために~


日 時:平成30年5月21日(月)15時~17時
場 所:国の登録有形文化財	「東山荘」本館1階
テーマ:「文化財の保存活用について ~熱海の文化財を後世へ繋げるために~」
対談者:熱海市長 齊藤 栄 氏
    建築家  太田 新之介 氏
    コーディネーター 及川 博文(「名建築・みがき隊」隊長、一級建築士)

 

【対談内容】

対談に至った経緯

及川:文化財の登録制度は平成8年に文化財保護法の改正によって出来たもので、国内には登録有形文化財は約1万2千件弱あり、東山荘もそのひとつです。

日本では「スクラップ&ビルド」=壊して立て替えるという考え方が優位で、古い建物が次々と姿を消していく中、「キープ&チェンジ」=必要な部分を変えながら保つ、という価値観に変わっていくことが大きな課題であります。

ただ現実問題として、変えていくためには、資金や人的な問題とか様々な課題があり、多くの登録文化財がそれぞれ直面している共通の課題というのが、保存と利活用です。

そのためにも、所有者、行政、市民各団体等が連携していかなければならないのですが、こうした背景を受けて、今日はまさに文化財を会場として対談を行わせていただくことになりました。

ご存じの方もいると思いますが、この東山荘(登録有形文化財)と、旧日向別邸(重要文化財)は、隣り合って存在し、また歴史的にも多くの共有を持つなど、非常に特質的な環境にあります。

本日は、旧日向別邸を所有する熱海の齊藤市長と、東山荘の文化財申請の所見をされた太田先生が、対談という形で、将来に向かう何か一つの方向性が見出せたらと考えまして、名建築・みがき隊で対談企画を持たせていただきました。


みがき隊の活動を展開する目的

文化財の「価値を認識」し「保全方法」を学び「利活用促進」を皆で考える

及川:昨年の9月に開催した第四回のみがき隊のワークショップに、ご公務がお忙しい中、齊藤市長にもご参加いただき、私たちと一緒に東山荘をみがいていただきました。その節は、ありがとうございました。まずは対談の導入として、その時の感想などお聞かせいただければと思います。

齊藤:一言で言うと、私のことを磨いていただいたようで、本当に気持ちよかったです。自らのホコリもとれたようでした。
特に一番最後に皆さんと一緒になって寝転がって天井を見ましたが、磨いた人の心が磨かれるというか、本当に埃を落としていただいという気持ちでした。
それは何でかなと思うと、この建物も素晴らしいのですが、来ている皆さんが本当に心が綺麗というか、こういうことを一生懸命やっていただいているボランティアの皆さんにまず頭が下がる思いで率直にそう思いました。

及川:その時は、今私たちが居る座敷の床の間などをみがいていただいたと思うのですが、みがかれた実感などはいかがでしたでしょうか。

齊藤:何といっても、自分でやるってすごく大事だなと思いましたね。
例えば、市役所の建物などは人件費など合理的な話から外注で清掃をお願いしています。
でも、オフィスなど自分がいる所は自ら掃除するのが基本だと思いますし、なにより愛情が非常に大事だと思いますね。
市役所の全てを掃除しよう、とは言えないわけですが、そういう気持ちは大事だと私は思います。
昔は例えば職員が特定の時間にゴミを拾う日というのがありました。確かに合理的に考えればそれは本当に意味があるのかということかもしれませんが、私は自分の住む街のゴミは職員が率先して拾う、別に日を決めなくても拾うべきだなと思います。
私自身つとめてゴミを拾ったりもしますが、私の家族や職員にもそうなって欲しいと思っています。

及川:日頃からの心がけが大切というお話ですね。太田先生からも、みがき隊のワークショップは、特別なときだけではなく日常に生きて来る、というお話をいつも頂いています。

太田:市長もワークショップに参加されて、ご自宅でも「みがき」をされたら奥様喜ばれているでしょう。奥様のウケはいかがでしたか?

齊藤:いや…そこまでは…ちょっと(笑)

太田:みがき隊は、ご家族の方に伝播していくというのが結構あるんですよね。
今後、奥様のウケがいいように念願しておきます(笑)

 

熱海の芸者衆と国の登録有形文化財「東山荘」について

及川:今日、対談の舞台となっています、この東山荘ですが、市長のご助言と熱海市のご協力等受けながら平成28年に登録有形文化財となりました。また、みがき隊の講師の太田先生は、文化財申請の際に所見をお書きになられています。
そうした経緯から、まずはじめに太田先生には、東山荘が文化財に登録された経緯や、専門のお立場から東山荘の建築的な特色や魅力をお話しいただければと思います。

 

登録有形文化財になった経緯、東山荘の特色や魅力について

太田:この東山荘は、昭和19年に三代目の所有者として岡田茂吉さんという方が箱根からお移りになられてお住まいにされた建物です。
熱海駅から少しあがった山の中腹に、岡田さんのコレクションを収めるMOA美術館や絶景を望む水晶殿という建物が建つ瑞雲郷という庭がありますが、岡田さんがそうした場所をお造りになる前に入られたのがこの場所で、ここが全て建設の始まりであり、現在にも繋がっているわけです。

また、東山荘は、第一銀行の頭取であり初代の所有者であった石井健吾さんが昭和8年に創建されました。そして、お隣の日向邸も外為銀行の日向利兵衛さんというの方の別邸で、そうした財界や銀行家の人たちがこぞって、この辺に別荘を建てたので、土地の人から「銀行村」なんて言われたそうです。
熱海には当時、御用邸をはじめ500件位の有数な別荘があったそうで、有名な人たちがここに集って、熱海の芸者衆も500人とか700人とも言われ、全国でも有名な場所になったわけです。
ところが、ほとんどの建物が会社等の寮になり他の用途に転売されて、今では当時の別荘建築が無くなっているのが現状ですね。
ですから、別荘建築で昭和8年の物置まで残っている例はめずらしく、昭和初期の別荘の様相を伝える物が、門から始まり全て残っているというのは、私が知る限り熱海には無いと思います。

これまでも様々な登録文化財の申請を手掛けてきましたが、今回の文化財申請は、所有者の世界救世教さんからの依頼で、東山荘を一番初めに見たとき、「これはもう文句なし」と思いましたね。
私はご縁があって世界救世教さんの仕事を40年やっていますが、教祖でもある岡田茂吉さんが自ら手掛けられて残された建物というのは、そのほとんどが登録文化財や重要文化財になるような領域で、格が違うんですね。
中でも戦後の混乱期に箱根に造った「山月庵」は、京都の裏千家の三代目の木村清兵衛という名工による最晩年の茶室で、いずれ国宝になっても不思議はない、と私は見ています。


熱海の別荘建築の魅力とは

及川:この東山荘や隣接する旧日向別邸は、それぞれ別荘建築ですが、熱海の別荘建築の魅力とはどういうところでしょうか?

太田:熱海は軽井沢などとはまた歴史や背景が違います。まず、別荘建築にはありがちではありますが、温泉ですね。
それから、これは熱海市長が一番ご存知ですが、世界に冠たる熱海の絶景は、世界中どこを探してもこれだけの風光はないと絶賛されるほどの土地です。
熱海は古代火山の噴火口付近に位置し、地質学的には初島と熱海間の海底部分が噴火口になり、海深は1000m以上あって熱帯魚と深海魚が一緒に住んでいる特異な場所です。
そうした古代からの地形を背景に、大海原を望む熱海ですが、一方で平らな場所がありません。
ですから、昔から熱海の子どもでキャッチボールをしている奴は一人もいないわけです(笑)
この温泉と風景、この二つで別荘に選ばれ、さらに東京から近いということですよね。

熱海には岩崎別邸もありますが、当時の政財界の人達が建築的に好んだのは、だいたいが数寄屋建築と書院建築です。
東山荘で言うと、今私たちがいる本館の一階は、趣味性のある数寄屋造りで、その象徴はこの柱です。柱が一般的な四角の柱ではなく、お茶席によく使われますが仕事としては一番難しい仕事です。一方、同じ本館でも二階は、四角い柱を使った格の高い書院造りです。
東山荘の全エリアで最も特色的なのは、ニ代目の所有者である山下さんという方が造らせた別館と茶室で、栗材を使い柱も大きく、非常に趣味性が高く類例がないわけです。
この東山荘は、文化性を帯びた方が入られたために丸ごと残ったということで、多分一般の財界人がここを継承したら、とっくに売られて姿が無くなっていたことでしょう。

旧日向別邸の改修工事について

及川:東山荘も旧日向別邸も、まさしく歴史文化や風土を今に伝える貴重な文化財というわけですね。熱海市が所有されている旧日向別邸は、これから更に後世に継承していくために近々、改修工事を予定しているとお聞きしていますが、今後の予定をお聞かせいただけますか。

齊藤:旧日向別邸はある篤志家から市にご寄付を頂きましたが、だいぶ老朽化が進み、本格的な大修繕の必要が出てまいりました。文化庁に相談しながら、数年間完全にクローズして改修するように現在調整をしているところです。

及川:その当時のありがたちが、後世に継がれていくことになるわけですね。その旧日向別邸と東山荘は、別荘文化の兄弟分というか、隣り合うことも非常に貴重な環境だと思いますが、それぞれの関係性については、いかがでしょうか。

 

東山荘と旧日向別邸の関係性について

太田:敷地として隣り合っているということもありますが、旧日向別邸に向かう下り階段については、その階段が東山荘側の入口にもつながっていることから、階段部分の敷地などは共有しています。
隣り合っていますが、基本的には日向さんより石井さんのほうが財界人としては兄貴分で、これだけの大きい物を造っています。
また二代目の山下汽船社長の山下さんが取得したときは、近衛文麿さんや当時の政財界の人たちがここへ集ったという歴史を持っています。当時、戦前の歴史に関わる一番重要な密談とか会議をやった場所だと言われています。

旧日向別邸はブルーノ・タウトという建築家が設計したので指定文化財になっていますが、文化財としての塊だとか社会性、影響力、思想性を考えますと、どちらかといえば東山荘の方がはるかにエネルギッシュだと私は思っています。
ですから、東山荘は多分、遠からず指定文化財になると見ています。なぜなら色々な意味で文化財としてのエネルギーが巨大だということです。しかし、両方とも施工は当時の清水組(現:清水建設㈱)ですから仕事を見ただけでも一級の大工たちがやっていて、だから文化財としての価値がどういう物なのか、問われる場所でもあるわけです。

そして、その二つの文化財が隣り合わせているという事実は、熱海市にとっても非常に大切な財産だと思います。これは世界救世教さんの財産ばかりではなく、熱海市の財産としても大きいです。
ですから、これをどうやって利用するか、熱海市にとっても文化財的な活用ができるか、色々な活動ができるということですね。やり方によっては類例のないことができる位置関係だと思います。

及川:文化財というのは国民的な共有財産なんですね。このロケーションを含め、価値がよく知られることによって、利活用や保存運動も高まってくると思います。
しかし東山荘もまだ現状一般公開できておりませんし、今我々が隣り合って凄いと言っていることが、まだ多くの方に知られていないのが現状で、これからの課題といったところでしょうか。

・・・その2につづく

写真上から
・東山荘本館広間での対談風景
・左から:熱海市長・齊藤栄氏、建築家・太田新之介氏、名建築・みがき隊隊長・及川博文
・床の間周りをみがく齊藤市長
・みがきの後で広間に寝転がる参加者
・笑いも交えた対談の様子
・東山荘の魅力を語る太田講師

 

 

【プロフィール】

齊藤 栄 熱海市長
1963(昭和38)年 東京都出身 熱海市在住
2006(平成18)年に市長就任以来、「財政再建」を最重要課題とし、2007(平成19)年度より5年間の行財政改革プランを策定・実行し、財政の健全化に取り組む。
2012(平成24)年度からは「新生熱海」をスローガンに掲げ、行財政改革と並行し熱海の新しい魅力を創造する事業に取り組む。併せて「営業する市役所」として、民間投資の促進、シティプロモーションなど、市外に熱海の魅力を発信することにより若年層の定住促進や、市内経済の活性化に取り組む。
そして現在、「日本でナンバー1の温泉観光地づくり」、「住まうまち熱海づくり」、「市民のための市役所づくり」の3本柱の下での施策展開を加速するとともに、熱海の次の10年、20年を見据え、持続的発展のための礎づくりに取り組む。

太田 新之介 建築家
1945(昭和20)年 静岡県熱海市出身 三島市在住 号・樵隠庵、不説齋
太田新之介建築事務所主宰 一級建築士
三島市文化財保護審議委員 日本建築家協会静岡地域会会長歴任
主として伝統に根ざした木の建築に取り組み、三百年を生きる建築造りを目指す。
木の建築みがき隊を組織し名建築の保存啓蒙活動をしている。

及川 博文 名建築・みがき隊 隊長 
1970(昭和45)年生まれ
㈱エム・オー・エー グリーン・サービス一級建築士事務所 所長
一級建築士 一級建築施工管理技士 インテリアプランナー 日本建築家協会会員

 

 

 



記事投稿:名建築・みがき隊事務局 日野美奈子