日本の匠の技

文化財として指定された建物が、様々な理由で維持できなくなって形を変えたり、惜しまれつつ姿を消す事があります。その背景の中で、時代の変化とともに創建当初の素材や技法が絶えてしまった、という話を耳にします。

名建築の姿・形をその如く後世に継いでいく為には、伝統的な素材の確保や技法の継承、さらに技能職の育成はとても重要な課題となります。

こうした日本の伝統技術の保存・継承を図るため、文化庁では選定保存技術の個人団体を認定し、その伝統技術を広く一般社会に紹介する「日本の技の体験フェア」という公開事業を毎年行っています。今年度は静岡県の熱海市で開催され、家族と共に足を運んできました。

会場の入り口で木を叩く音が響く中、大工さんが大きな丸太を加工していました。

手斧(ちょうな)や、鉞(まさかり)、槍鉋(やりがんな)など、今は使われなくなってしまった古来からの大工道具で、木の部位や加工の目的ごとに使い分け実演が行われていましたが、古建築の木肌に残る手跡は、このようにして形づくられたものなのかと実感しました。

 

会場内でも、様々なブースが組まれ実演や体験も多く行われていました。
畳のブースでは実際に手縫いの実演が行われ、幾種類かの畳に足を乗せながら、畳床(たたみとこ)や畳表(たたみおもて)の違いを体感することができました。

 

植物性の材料を使って屋根を葺く、屋根技術のブースでは「檜皮(ひわだ)葺き」の材料を、節などを除き一定の厚さに整形する洗皮(あらいかわ)という工程が実演されていました。
その他、椹(さわら)などの板材で屋根を葺く「杮(こけら)葺き」、「茅(かや)葺き」などが紹介されていましたが、日本建築の美しさは屋根によるところが大きいといわれ、古来より人と木が関わりながら、華麗な屋根の形をつくりあげてきた伝統と文化を感じました。
私的にはこうした木質系の屋根を持つ建物の維持保全について、課題に直面している事から、説明の方に様々お尋ねしながら、時間を忘れ話し込んでしまいました。

 

伝統技法を残すためには、素材の確保も重要で、檜皮(ひわだ)葺きでは木の皮を傷つけないように剥ぎ取る「原皮師(もとかわし)」という職人が、漆では木から一滴ずつ樹液を採取する「漆掻き(うるしかき)」の職人が不足しているなど、素材を採取する技術者の育成も大きな課題である事を知りました。

  

会場では、実演の他に子ども達の興味を引く体験プログラムが多く組まれていて、建築や庭園の他、美術や芸能に関する内容もあり、家族皆で一日中楽しみながら学べる内容でした。何よりも、体験中の子ども達の真剣な表情が微笑ましく、この中から将来の伝統技能継承者が生れてきてほしいと願うばかりです。

 

様々なブースを巡り共通して感じた事は、継承技術を多くの人に伝え、繫いでいこうとする熱意でした。建築技術保存会のブースでは、鉋がけで御箸をつくるワークショップが実施されていて、(失礼ながら)一見怖そうな大工の棟梁たちが、優しく子ども達に手ほどきをしていました。

 

棟梁に「父ちゃんもどうよっ!」と声を掛けられ、軽い気持ちではじめた鉋がけに没入しながら、家族分の御箸をつくって持ち帰りました。その晩、さっそくその箸を使い、文化財を守り続けた匠の技に触れた一日の出来事を語りつつ、家族で夕餉を楽しみました。

子どもの学校を通じて知り得た今回のフェアでしたが、大変素晴らしい事業だと思います。
行事開催の関係者に感謝しつつ、自らも名建築を残したいと願う一人として、学びと実践の和を拡げつつ文化財の継承に微力ながら貢献していきたいと思います。