もうひとつの建築史

先日、「インポッシブル・アーキテクチャー(もうひとつの建築史)」展に足を運びました。

この展覧会は、実現されなかった様々な建築プランを展示したもので、二十世紀初頭から現代まで、各年代の建築家が描いた未完の建築構想の図面や模型、CGなどが展示されています。

過去の構想案から、当時の政治経済や国際状況などの社会的条件を背景として、メタボリズムや脱構築など建築家達がその作品を通して様々な価値観を闘わせていた事を感じました。

また実際に現存する建物の別案からは、全く異なったアプローチが存在していた事を知り、建築家によっては過去の構想案を後に別の建築作品において実現させている事を確認することができます。

 

中でも印象的だったのは、国際公約を反故にして大変話題となった新国立競技場のザハ・ハディト案で、実現可能であった案として、風洞模型や設計図書、性能評価書なども展示されており、それらの展示から膨大なエネルギーの傾注を実感します。
ザハ案の特徴的な形態を実現可能な領域までにまとめたのは、コンピュータを活用した「BIM(1)」というデザイン手法によるものです。

 
新国立競技場(ザハ・ハディト案)        ヘルシンキ・グッケンハイム美術館(CG)

また、コンピュータをさらに駆使した「キットバッシング(2)」という手法でマーク・フォスター・ゲージにより設計されたヘルシンキ・グッケンハイム美術館のCG作品も放映されていました。
オンラインソースから無作為にダウンロードされた3Dオブジェクトの既存部分を取り換えて再構築する手法で、過去に存在するあらゆる形態を利用して、今迄に存在し得なかった新しい形態を作り出した姿は、意図的に象徴性を読み取れないように表現されます。
万物を炉で溶かし込んだような不可思議なフォルムから、設計の未来に対する課題提起を感じました。

一方で、ドローイングと模型をコンセプトを純化するための手段として、ひたすら手指からのアウトプットにこだわった設計や、空想を写実化した奇想天外なプランなどの展示もありました。
特に筆跡残るスケッチなどの資料と模型の対比から、力強い線からは建築家の強い造形の意志が、幾度も重ねた線からは思考の過程が読み取れます。

現代までの約百年間、国内外約40名の建築家が構想した歴史を見つつ、これからの百年を俯瞰する時、コンピュータの活用によって意匠、構造、設備、施工といった分野の統合のみならず、芸術文化といった領域にAIが導入されていく時代に、自らの感性を磨く本質的な営みを見失ってはいけないと、改めて実感しました。

    

展示室を出て、それぞれの構想に思いを馳せながら館内を巡りました。
展示会場である新潟市美術館は、新潟を出生地とする建築家 前川國男の設計作品で、低層に抑えられた建物は海浜の防砂林が広がる周辺環境に調和し、展示室を繋ぐホールは中庭に面してオリーブグリーンを基調としたタイルを背景に新緑映える心地よい空間が印象的でした。
また数年前にエントラス部分が改修され、公営施設ながらミュージアムショップに民間のセレクトショップやカフェが入り、アートだけではない文化の楽しみ方を提起している点も面白いと感じました。

セレクトショップではディスプレイに飾られたラジオメーターに目が留まりました。店員さんが声をかけてくれ、陽光のあたる場所に置いてもらうと、ガラスの中で自然光を受けた黒い羽根が、ゆっくりとまわり始めます。

CGの世界で現実と空想の間を漂った後だけに、その不安定な回転に不思議な安心と微笑みを感じ、ひとつ求めて帰りました。
一日のはじまり、我が家の窓辺で朝陽を浴びてクルクルとまわる姿に、心地よさを味わっています。

 

(1)BIM:Building Information Modeling(ビルディング インフォメーション モデリング)

BIMによる3次元モデルは、これまでのCGパースなどの意匠上の表現モデルだけではなく、構造・設備のほか、コストや仕上げなど、付随する情報をすべて1つのデータで管理し、コスト管理、環境性能や施工シミュレーション、エコロジーで効率のよい施工計画を可能とする。

(2)キットバッシング:無作為にダウンロードされたオブジェクトの3Dモデルの既存部分を取り換えて存在しない新しい形態をつくりだす手法のことで、過去に存在したあらゆる形態を利用し、今迄に見た事もない造形をつくりあげ、それぞれの形態が持っていた象徴性を意図的に消し去った斬新なプランが提起される。