まぶしい新緑と風薫る初夏の日、新潟を巡りながら二つのテラスに足を運びました。
都市にある「沼垂テラス」/設計 株式会社テラスオフィス
沼垂(ぬったり)は日本書記に「渟足の柵(ぬたりのき)」として出てくる古くからの地名だそうです。
この地は信濃川河口という地にあり、近代には交易の場として港湾施設や工場で栄え、後に堀を埋め立て沼垂商店街として公衆市場が形成され賑わいました。
しかし、後継者不足や店主の高齢化、地価高騰や郊外型スーパーの進出といった要素が重なり、近年は他の都市と同様に商店街はシャッター通りと化しました。 2010年代から若い人が店を出す様になり、工場の煙突の煙や廃線された線路、古い町並みをそのままに、「寂れたまち」を「おしゃれレトロなまち」に変えた取り組みは、2017年にグッドデザイン賞を受賞しています。
商店の長屋構成をそのままに、カフェや雑貨店、ギャラリーや工房などが軒を連ねていますが、良く見れば赤錆びたシャッターボックスにはかつて青果店であった頃の店名がうっすらと残っています。
裏手にまわると、これまた崩れそうなトタン建築のミニマムな住居群が錆色をまとい、経年劣化によって軒先や屋根の棟は珍妙なカーブを描いています。
完全に時代に取り残された建物ですが、商業的に古色仕上げされたフェイクな意匠ではなく、むき出しの古さからは不思議と風雪に耐え忍んできた風格さえ感じます。
また市場跡として野良ネコが多い事に着目して、地域ネコをアイコン化し、商品展開するなどの発想の面白さもあり、ひとしきりテラスを巡り、立ち寄った古本屋では目にとまった数冊の本を購入しました。
令和の時代となって、記憶を重ねた世代にはノスタルジアを、新しい物を見つけたい世代には斬新さを感じさせる、そんなまち並みとして再構成されていました。
郊外にある「そら野テラス」/設計 いとう環境計画
そら野テラスは新潟市西部の田園地帯に2016年にオープンした地元野菜の直売所とレストランの複合施設です。
幹線道路にありがちな、特産〇〇市場とは大きく趣が異なり、周囲の田園風景に馴染みつつ、大地に根付く凛とした佇まいが印象的なテラスです。
季節柄、建物中央の広場では野菜の種や苗、花などが売られていましたが、ウサギやリスなどの小動物もいて子供連れの親子も楽しそうに遊んでいました。
マルシェにはデリカも併設され、周辺ではいちご狩りができ、季節毎に田植えや稲刈りの農業体験も行われているそうです。
米どころ新潟らしく様々な銘柄のお米が店内の脱穀械で精米販売され、また独自に商品開発された加工品やフェアトレード商品の品揃えもありました。取り扱いされる品々の価格帯は決して安くありませんが、購買意欲を持つ客層を郊外まで引き寄せていました。
農業特区に立地する「そら野テラス」は、~「そら」と「野」のおすそ分け~というキャッチコピーからも、大地の恵みや農業の魅力を伝えたいとの思いが伝わってきます。
農産品を物品として販売するという事にとどまらず、食と農を取り巻くストーリーも大事にしている感じを受け、越後平野の広大な空のもとに、再び訪れたくなるテラスでした。
二つのテラスともブランディングの成功例として、時間の流れの中で土着の歴史文化も継承し、新しさを組み込んでその土地や建物に力を与えていると感じました。
時代に取り残されたもの、普段そこにあるもの、それらを大切に力あるものとして見つめ直す。
何を宝とするのか、コンセプトの組み立てがとても大切であると実感します。
二つのテラスは、みがき隊のテーマでもある文化財の利活用にも関連して大変興味深い事例でした。
元来、文化財の登録制度は活用を主眼に定められた制度で、文化財が持つ歴史を継承しつつ、文化活動を通して利活用していく事が重要ですが、まずは価値を探り存在を知らせ、賑わいをつくっていく仕組みが大切だと感じています。