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(写真:松文商店木材保管庫にある大量の北山杉絞丸太)
名建築みがき隊は、熱海市内の東山荘や陽明館などの木造建築において、みがき隊ワークショップや見学案内を実施しています。木造建築には多種の木材が使われているため、その価値や手入れ方法を知ることが木造建築の継承に繋がると、講師の太田新之介先生より常々ご教授頂いています。
その中で、木材を学び体験することを目的として、名建築みがき隊は2年前から「木の教材」を製作して活用しております。
杉、桧、桐、松、栗、欅(ケヤキ)、梻(タモ)など、10種類近い教材を実際に手にとって見ると、表情や手触り、硬さ、香り、重さなど、1つひとつ違うことを肌で実感させられます。
今回、さらに木材の学びと体験を深めるため、先日、太田先生のご厚意により、京都にある銘木店や生産地の視察に、みがき隊メンバー一行も同行する機会を頂きました。
◆銘木店・松文商店
(写真:松文商店・本社)
1859年に京都市北区で創業した銘木店・松文商店の本社に向かい、吉村栄二社長を訪ねました。松文商店では、建築の見える部分によく使用される希少な木材(銘木)を専門的に取り扱っています。その中でも、京都府の北山を産地とする北山丸太(材種:杉)は特産として、育てる所から製材販売する所までこだわりを持って、茶室などの数寄屋建築や文化財の新築・保存修復に貢献されています。
北山丸太は室町時代に作られたことが始まりで、先人の知恵と技術により長い年月を経て、日本の宝として現在まで継承されており、平成9年には京都府伝統工芸品に指定されました。製材工程には、挿し木、植林、枝打ち、伐採、皮剥ぎ、乾燥、磨きなど、熟練職人の技術を要する様々な製作があることを、吉村社長から頂いたお話で知ることができました。
また、北山丸太だけで、天然絞丸太、天然出絞丸太、チリメン絞丸太、人造変絞丸太、人造絞丸太、人造出絞丸太、変木丸太、磨丸太、面皮柱など、様々な表情や形状をもつ建築材料を作られていることを知り、その先人から引き継がれてきた加工技術の多彩さに驚きました。
(写真:北山杉絞丸太) (写真:ケヤキ玉杢板)
(写真:赤松皮付丸太) (写真:杉皮)
(写真:北山杉面皮柱) (写真:桜皮付丸太 他)
実際に、吉村社長の案内で松文商店の木材保管庫に入らせて頂くと、大量の北山丸太をはじめ、杉、赤松、桜、栗、香節(コブシ)、椿(ツバキ)、椎(シイ)、欅(ケヤキ)、肥松(コエマツ)など、製材され販売待ちの大量の木材が出番を待ち構えているかようにズラっと並んでいました。見た瞬間、その場で立ちすくんでしまい、現物を目の当たりにすると、その存在だけで圧倒されそうでした。
全体を見た後は、恐る恐る間近で見て、香り、触れてみると、同じ北山丸太でも1つひとつ表情や手触り、硬さ、香りが異なることが分かりました。表情という点に絞ってみても、年輪や凹凸、光沢、色合いなど、その特性は様々で、私がもしこの中から1本購入することになった場合、何を基準に判断して選べばよいのか分からず、時間がかかってしまいそうです。
そこには、木がこれから一翼を担えるよう育とうとする力強い生命力と、その個性を引き出し美しく仕上げたいとする職人の知恵と技術、研究の熱意が大きなエネルギーとなって、保管庫に充満しているようでした。
◆北山杉・生産地
(写真:元祖・北山杉) (写真:京都市北区・北山杉)
さらに、吉村社長の案内で、鎌倉時代につくられた京都市北区にある中川八幡宮社に向かいました。そこには先程、松文商店で見せて頂いた北山杉の元祖となる立ち木がありました。それは「御神木」として、町をあげて代々長い年月重宝された、推定樹齢600年、中川地区では最も古い白杉と言われています。
先人は北山杉の元祖であるこの立ち木の枝を切り、その枝を挿し木として植えていったことで、元祖の遺伝子の北山杉が現在まで量産されていくことになりました。
北山の立地環境は、岩盤質が硬く、急斜面で日当たりが悪いことから、光合成が抑制され成長が難しいとされています。それが好条件となり、年輪の細かい良質の丸太を育てやすく、また密度を高めた植林により、木々が好き勝手に伸びる隙間を作らず通直な幹を育てているとされています。
このような植林作業は先人の知恵や技術、そして努力の賜物であり、数百年も継承され、良質の北山杉の安定した量産に繋がっている所以を体感できたと思います。
本社へ戻ると、茶室へお招きいただき、大変美味しいお菓子とお茶をいただきました。ひとしきりお話を伺い、吉村社長は茶事にも精通され、茶室を「造る」と「使う」の双方の見識を持たれていると感じました。その中で、茶室に用いられる木材の名称や納まりなどを解説いただき、大変勉強になりました。
この度の吉村社長のご厚意に心から感謝申し上げます。
(写真:茶室) (写真:床柱・チリメン絞丸太)
今回の木材の学びと体験を通して、鉄やコンクリートなどの他材料にはない木材独自の特色は、①産地、②育樹、③造作という点にあるのではと私は感じました。
①木材には材種により様々な産地があります。例えば、杉は、秋田県の秋田杉、奈良県の吉野杉、鹿児島県の屋久杉などがあります。今回は、京都府の北山杉を肌で体感させて頂きましたが、同じ材種でも、各産地で特性が異なることを熟知して、見識を深めることが大切だと感じました。
②数十年間大切に育てられた時間の重みだけでも大変な価値があると感じました。多くの職人の想いや知恵、手入れが凝縮されている重みを感じる程、木材1本に対して崇拝の念が湧き出てくるような感覚になりました。
③北山丸太の見学を通して、先人から引き継がれてきた知恵や技術を通して、木材の豊かな表情を造ることでそれぞれの個性を引き出していると感じました。1つの材種に複数の製材があることをみても、先人の飽くなき美への追求、創意工夫により生まれたものだと感動させられます。
木というものは、生まれた場所で大事に育てられ、個性を磨いて立派な姿かたちとなり、木造建築の一員となることが分かります。それはまるで、生まれた子供が立派な大人へと育っていく人の生き方と近いのではと私は感じています。
(写真:東山荘本館1階・数寄屋続之間)
翌日、熱海・東山荘本館1階の数寄屋続之間に訪れる機会がありました。改めて、床の間廻りを見てみると、床柱である北山杉の天然絞丸太をはじめ、落し掛けや長押、地板、天井板などの木材からは、木材の価値を学んだが故に、以前にも増して神々しさが漂っているように私は体感することができました。
「材種は何だろう?」「光沢や凹凸、色合い、形状、太さはどうなのか?」「どのように加工して造ったのか?」など、以前よりも木材に興味が沸き、少しずつ視点が変わっていることを自ら実感しています。
そのため、完成された木造建築を学ぶことはさることながら、今回のような木造建築の源流である木の育樹環境や製材状況を現地で体感することの重要性を痛感し、今回も太田先生には大変感謝しております。
そして、今後の名建築みがき隊のワークショップでも、「木の教材」を用いて、参加者の皆さんとの学びと体験を積み上げていくことが、多種の木材の特性を知り、適切な手入れ方法を自ら判断できる人材をつくり、木造建築の継承に繋がっていくと信じています。
改めて、太田先生が日頃から言われていることを思い出しました。
「木は生きていて、命あるものだ」と。